31歳にしてうんこをもらしました

(サイトリニューアル時に消えてしまったのでアーカイブを発掘しました)

その日は、巨匠マンガ家I先生の事務所で打ち合わせだった。
I先生といえば、1億冊売れたバスケマンガのI先生である。
常に打ち合わせでも緊張が走る。最高の仕事をしてあげたいと思っている。

なのに、完全に寝坊した。
したがって、起きて5分で家を出た。
まずここがいけなかった。
ぼくは、起きてすぐに腹を冷やすと、だいたいおなかがくだるのだ。

I先生の事務所は、世田谷方面。ぼくの家は、東雲である。
間に合うか間に合わないかは、渋谷駅でのスムーズな乗り換えにかかっていた。

ところが、表参道駅で、急速に来た。やつが来た。
強烈な腹痛である。

しかも、まちがいなくこれは、うんこに起因する腹痛だ。

渋谷駅につくころには、ぼくはもうラマーズ法で息をしていた。
ひーひーふー、である。
もしくは、虫の息と言ってもよかった。
腹痛というものは、「波」がある。
波は、来るたびに勢いを増すので、とにかくこらえ、ひいたときに素早く行動するのがコツであった。

半蔵門線の連絡通路は、予想GUYにトイレが近かった。
やった!間に合う!

しかし、みなさんもご存じであろうが、たいていこういう時、
人は無意識に、「トイレにつくであろうギリギリのタイミングに、自分のお腹の限界をセット」してしまうのだ。

しかし、トイレは4つとも使用中だった。予想GUYだった。
カイジのごとく「ぐにゃあ」と視界が歪んだ。
限界だと思っていたお腹は、「約束違うだろコラ!」とぼくを責め立てた。
とりあえず、すべてのドアをノックしてまわった。返事があったかどうかも覚えていない。
お腹はぼくの尻をノックし、ぼくはトイレのドアをノックし、同時にヘブンズドアもノックしはじめていた。
YELOW MONKEYの「SPARK」が脳内を駆け抜けた。
Are you ready for SPARK?

もちろん、I’m ready for SPARKである。Yes I canである。

新しい何かが俺の中で目覚める世界は回る
命は生まれ いずれ消え

あっ

ああっ

あああああッーー!!

で。
もう形容したくもないが、パンツどころか、ジーパンまで逝ってしまった。
紙で拭けるぶんは紙で拭いた。
そして、打ち合わせの時間になったが、ぼくはまだトイレの中で拭き作業をしていた。

どうしよう。
どどどうしよう。

まず、I先生の事務所に行くべきだろうか?
そんなわけないだろう。
アホかオレは。まともな打ち合わせができるか。
今のぼくには、I先生の新聞広告より、大事なものがある。
それは、人間の尊厳だ。というか、うんこを漏らしていない状態だ。それが一番大事だ。
大事MANブラザーズバンドは嘘つきだ、とぼくは思った。
負けない事投げ出さない事逃げ出さない事信じ抜く事
どれよりも、「うんこを漏らしてないこと」のほうが大事だ。
今のぼくは、投げ出して逃げ出すことのほうが大事なのである。
こんなことならブルーハーツなんて好きになるんじゃなかった。
よし、今日は断念しよう。
さて、ドアを開けて、ここを出よう。

ちょっとまて。

というか、ここは渋谷駅である。
歯車が回り続ける街、渋谷である。
駅前のスクランブル交差点には、一回の青の信号に1000人くらい往来しちゃう、あの渋谷である。
いやだ。ここから出たくない。
いま渋谷で、うんこを漏らしている人が何人いるだろうか。ぼくしかいない。
人はなぜ、みんなうんこをするのに、ぼくだけがうんこをもらしているのだろうか。哲学的な問いである。

ユニクロにジーパンを買いにいくか。いや、レジに行けない。レジに行ったら、
「くさっ!……ははあ、こいつはうんこを漏らして、替えのジーパンを買いにきたな」とモロバレである。
というか、もはやジーパンだけを変えればすむレベルではない。

タクシーに乗って帰るか。
悪くない。悪くないが、運転手さんも、本日の商売あがったりだ。
都会は冷たい。「うんこ漏らしてるんですけど乗っていいですか」などと言ったら、乗車拒否されるかもしれない。というか、人とコミュニケーションをとりたくない。
誰にも会いたくないの。いま。

電車に乗って帰るか。
半蔵門線渋谷駅って、ありえない人数である。同じ車両に乗っている人みんなに迷惑がかかる。
そんなのいやだ。そんな迷惑かけるくらいなら、死んだほうがいい。

死ぬか。

いまや、それがベストな選択肢のように思えた。

しかし、それで死んだら、ぼくの人生なんなのだ。愛する人の顔、みんなの笑顔が浮かんだ。
ぼくのWikipediaは存在しないが(※その後できました)、もし死後作られたら、
「テクニカルディレクターと称して、インターネットで面白いバナーやWebサイトを作ったりしたが、
 渋谷駅でうんこをもらして、舌を噛み切って死んだ」
で結ばれてしまう。葬式もみんな、半笑いである。
まあ、それはけっこういいかもしれない。
リーンカーネーションってあるんだろうか。次に生まれてくるときは、虫かなあ。

結局、電車で帰ることにした。
戦略はひとつ。外界との遮断を一切断つことだ。イヤホンをつけて、ずっとiPhoneをいじっていよう。Twitterでも呑気に見ていればいいではないか。

時間を見ると、打ち合わせの時間を8分過ぎていた。
とりあえず、プロデューサーの石橋さんに電話をした。
石橋さんは優しく、「ちょっと遅れているので、まだ間に合いますよ」と切り出してくれた。
どうしよう。家族が死んだことにしようか。いや、ウソはウソの上塗りをつくるだけだ。
ここは正直に行くのが一番いいのではないか。
「いや、すみません、実は行けなくなっちゃったんです」
「え、どうしたんですか、大丈夫ですか」
「いま渋谷駅なんですけど、うんこもらしちゃったんです」
「……え?」
石橋さんが硬直した。ように思えた。
すぐにカイブツ木谷さんが電話を替わった。
「もしもし?ヒロキくん?うんこもらしたの?ぎゃあっはっはっはっは!」

……。

とにかく電話を切った。
スタッフはやさしい。大丈夫だ。案は固まっていたし、きっと打ち合わせはうまくいくだろう。

もう帰ろう。立ち止まってるとうんこ臭いし。

こんなときに限って、改札でクライアントを見かけた。TOTOさんだった。
一緒に、「しゃべるトイレ」を開発した、あのTOTOさんだ。
TOTOさん、次は移動式便器を開発しましょうね(※その後、開発しました)。
そう思いながら、とにかく気づかれないように行動した。
ソリッドスネークばりに周囲に溶け込み、その場を脱した。

電車の中では、下を向いて、とにかくiPhoneをいじり続けた。
いくつかツイートもした。
================
人間、たいしたことではないのに、つぶやけないことってあるんだな 4/7 午後 12:44 Twitterから

誰もいない世界にいきたい 4/7 午後 12:48 Echofonから

いま私がいる、永田町駅のすべての人に謝りたい 4/7 午後 12:49 Twitterから

そんな気持ちを贈りたい 4/7 午後 12:50 Twitterから

もし、この戦いが終わっても生きていいって言われたら小さな鏡を一つ買って微笑む練習をしてみよう 4/7 午後 1:03 Twitterから

もし、誰も傷つけずに生きていいと言われたら、風にそよぐ髪を束ね、大きな一歩を踏みしめて、胸を張って会いに行こう 4/7 午後 1:06 Twitterから
==================
ツイッター見すぎて、普通に乗り過ごして新木場まで行ってしまったりして、やはり死のうかと思った。

で、家に戻った。あとはもう、ジーパンのままフロに行き、EDWINのCMばりに、「ゴーマルッサァァァン」と鼻歌混じりにわっさわっさとすべてを洗い流した。
「中村洋基2」とすら言えるくらい、ぴかぴかになった。

I先生、スタッフのみなさん、すみませんでした。

追記:同僚から「ラマーズ法やったら脱糞が促進されるだろ」と言われました。