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ブログ復活

急に思い立って、ブログをちょこちょこ書いていこう、と思い直した。
なんとなくエラそうな立場になってしまったため、
不如意な発言が周りに悪影響を及ぼすことを恐れていたためだが、
文章力も鈍るし、逆にちょっとでも良い影響になるようなことくらい、気をつけて書けなければダメだな、と思ったためだ。
「渋谷ではたらく社長の告白」 を読んでいる。
新刊「起業家」を読もうと思ったが、
Amazonのレビューを見るに、まず前者を読むべきかなと。
おもしろい。
もっと仕事しなきゃなあ。
仕事がひと段落つき、
これからIVSの資料をつくる。
ウチ、ベンチャー企業じゃないのに、どうしようかな。
みなさんがご期待できるようなこと、言えるだろうか。
さらに、先週モスクワで、海外式プレゼンテーションの洗礼を浴びて、
どうしようかなあと思っている。
まあ、なれないことはやるべきじゃないかな。
こういうのは気負うと失敗するしね。

家入さん「こんな僕でも社長になれた 新装版」は買い

Liverty家入さんから、突然「こんな僕でも社長になれた」の新装版がとどいた。
以前、購入しようと思ったら、絶版ゆえかアマゾンで3,000円超の高値になっており、Twitterで「高くて買えないっすよ」とリプライしたのを覚えていてくれたのだろう。
新装版 こんな僕でも社長になれた

毎年、「インタラクティブ大喜利」というイベントの席でしか会ったことがない家入さんだが、
やっと読めたので、感想を書きたくなってしまった。
これこそ買いだ、と思った。
家入さんは最近こそ「もっと自由に働きたい」とか出してLivertyで若者を牽引してブイブイ言わせ続けているが、
彼の思想の原点、神髄はここにある。
どの経営者の経営学ノウハウよりしびれる。実践的かもしれない、とすら思う。
この本は、彼の七転八倒の半生記だ。
ヒトはどうあってもヒトの歴史や物語が好きな生き物。「こうしなさい」と箇条書き的に書かれたマニュアル本より、よっぽど楽しく読めて、終わったあとに残るものがある。
この本で、ぼくが共感した部分は、「別れや出会いが、人の根っこをつくる」という話。
一見、それは無意味なものに見えても。
ぼくは、家入さんと同い年(33)であるが、栃木生まれのクソガキが、22歳のときに、突然広告業界にワケがわからないまま飛び入りし「バナー広告のクリエイティブ」の能力に恵まれた。つくるものつくるもの、カンヌやらなんやらの世界的に有名な賞で金とかグランプリとかを受賞し、イギリス人の審査委員長に「envious」とか言われて、英単語の意味を辞書で引いたこともあった。
でも、それからSEMの台頭とか、ネット広告をめぐる世界の趨勢とかいろいろあって、
ぼくは、おもしろバナーをつくるのをいっさいやめた。
やめた上、会社も独立した。
いままで持っていた武器は使わず、新しい仲間と、装備を探した。
装備を外して思うのは、「自分の根っことは、何だったっけ」ということ。
人間とは、どんなに偉い人でも、基本的には、水とたんぱく質やアミノ酸などの炭素化合物であり、
せいぜい2000〜3000円の価値しかない。
さらに、宇宙から見たら、時間軸・空間軸から見ても、単なる塵芥だ。
ブイブイ言わしているときは、なんか自分を高く見積もっちゃうけど、
身ぐるみはがされてみると、なんだ、そのくらいのものだ、というところに立ち返る。
絵がうまい人とか、手に職持っている人のように、顕在的なスキルがあるわけではなく、
ドラクエのレベルや装備のように、わかりやすく数値が上がって行くわけじゃない。
ぼくは、当時に得たカンと人脈で、現在のしごとをなんとかこなしつつ、「ああ、炭素化合物だなあ」と自虐しながら新しい何かを探しているところだ。
たぶん、家入さんも、ペパボから退いたあと、
カフェとかキャンプファイヤーとかやりながら、「やっぱオレってなんなんだっけ」と自分が世の中に残していくモノの価値、ということにもう一度真っ向から対峙したんじゃないだろうか。
ウチの会社は、ちょっとしたハザカイ期にきている。
広告屋の出身が多いので、つい広告のビジネスモデルで、その場その場で面白いことを考えることに集中してしまういっぽう、
「OMOTE 3D SHASIN KAN」や、リアル脱出ゲームオンラインテクネなど、育てたいコンテンツをチョコチョコやれてきた。
また、つくるモノは「あれ?PARTYってこんなもんだっけ?」とも思っていて、ワクワクできて自分にしかできないモノをもっとハングリーに模索しなければなあ、などと思っているところ。
たぶんそれは、ぼくだけじゃなくて、いま、自分の現状に満足していないみんなも、
きっと今やっていることは、自分の根っこにつながっていて、
それは見えないけれど、ぜんぶ未来の何かにつながっている。
それが何であっても、「逃げる」ことであっても。
ぜんぶつながってるから、安心していいよ、逃げたっていいんだよ、
そういうことを、教訓じゃなくて体で言っているように思えた。
噂にたがわぬ、すんごくいい本でした。買いです。

なぜ、ぼくが禁煙できたか (1)

数ヶ月前に、「禁煙ったー」というサービスをつくりました。
サービスというか、自分が禁煙するときにつくった副産物です。
「禁煙ったー」は、禁煙したいひとが、TwitterのOAuth認証で登録すると、禁煙状態を、定期的に自動的にツイートして、鼓舞してくれるというもの。

おかげさまで、結構な数の人が登録してくれました。
(しごとで、広告で相対する量とは比較にならないけど)

いま「英語化してくれ」などとオーダーも入っていて、ひっそりと自分のために作ったものが、
予想外に反響が多いので、戸惑ってしまった。

でも、そんな宣伝がしたいのではなくて。
最近喫煙者から「タバコやめられたんだ!すごいねー!」という話をよくいただきます。
でも、ぼくは18歳のころから、13年間、一瞬もタバコをやめることができない、
精神の弱い男でした。

そんなぼくがどうやって禁煙できたか、ということを書きます。
そんで、禁煙できないみんなの一助になれば、幸いです。

●ぼくのタバコとのかかわり

まず、ぼくがタバコを初めて吸ったのは、16歳、高校一年生のとき。
そのときのことは、明確に覚えている。

突然、自宅に、中学時代の同級生から電話がかかってきた。

「はい、もしもし」
「ヒロキ?あのさ、ナガシマくんが亡くなったんだって…。あした葬式なんだけど、来る?」

突然の電話に、突然の内容。

中学のとき同級生だった、ナガシマくんが、心不全で突然死してしまった。

あの、テニス部のスポーツマンのナガシマくんが。
あけすけなく笑う、あのナガシマくんが。
ゴリラみたいな顔してるのに、いい性格でスポーツマンだから女子にモテた、あのナガシマくんが。

人の命って、そんな簡単になくなったりするものなのだろうか。
世の中はそうかもしれないけど、ぼくの周りの世界は違う。
ぼくたちの世代には、まだまだ未来がある!
漠然と、そんなことを信じていたときだった。
人は、死ぬ。
ぼくは、唖然としてしまった。
まだ、友人の死を、現実としてとらえられなかった。

翌日、ナガシマくんのお葬式。

火葬場に、久しぶりに、中学時代のクラスメートが集まった。
目の前で、業火に焼かれていくナガシマくん。
ぱちぱちという、爆ぜるような音。

中学時代、クラスのリーダー格の、オオカワくんが言った。

「お母さん、ちょっと……、タバコを吸ってあげていいですか」

ぼくは、オオカワくんの言っていることの意味がわからなかった。
が、ナガシマくんのお母さんは、涙ながらにうなづいた。

…と、友達が、急に意を決したように、ポケットからタバコを取り出した。
ぼくは、瞬時にして、何が起きたかを、理解した。

ナガシマくんは、不良仲間と、学校でタバコを吸っていたのだ。

まるで、キャンプファイヤーの前で語り合うかのように、
きっと、そのとき交わした多くの言葉と、たくさんの思い出を共有して、慈しむために、
いままたこうして、彼の火葬場の前で、天国のナガシマくんと一緒にタバコを吸う、という
イキな行為をしはじめたのである。
「タバコを吸ってあげていいですか」という言葉で。

ナガシマくんの両親も、きっと知らない、彼らだけの濃密な時間。
彼が死んだ今だから、固いことは言いっこなし。
彼の骸の前で、みんなでタバコを吸って囲むことが、彼の供養になるかもしれないから、
ご無礼をお許しくださいお母さん。そういう意味だったのである。

オオカワくんのイキな計らいは、当時のぼくにとって、メチャクチャカッコよく感じられた。
ぼくは、彼らのカッコいい心意気に賛同し、その仲間に入りたいと思った。

そのとき、焼かれたナガシマくんの骨が、トレイに運びだされてきた。
すこし、香ばしいにおいがした。
すぐさま、そう思った自分を恥じた。
ああ、ナガシマくんは、こんなモノに成り果ててしまったのか…!

そのとき、タバコ一味のフジタくんが、ぼくのほうを見て、タバコを差し出した。

「ヒロキも、吸う? あるよ。」

ぼくはタバコを受け取った。

ぼくは、ナガシマくんと仲がいいと思っていた。が、真の意味で仲間に入っていたわけではなかった。
ほんとうの親友は、今目の前でタバコに火をつけた、彼らのほうだ。
彼らは、ナガシマくんと、ちょっとスリルで、だからこそ何でも言い合える、ほんとうの時間を共有したにちがいない。
ぼくも、そうでありたい。
そんな彼らと同じ気持ちに、少しでもなりたい。

ぼくは、フジタくんのタバコを手にとった。

以前から、タバコの常習者だったかのような振る舞いを意識しながら。
ぼくは、ライターを持っていなかった。当然だ。喫煙者ではないのだから。
「ごめんフジタくん、火、ある?」
と、注意しながら尋ねた。

ナガシマくんの遺骨の前で、静かにタバコを吸うクラスメートたち。

フジタくんは何も言わずに、ライターを取り出し、火をつけてくれた。
タバコの先っぽを火にかざす。

……つかない。

あれ?

もういちどかざす。

……つかない。

「……吸うんだよ」

フジタくんが言った。

た、タバコは、吸わないと火がつかないのか!

なんという無知。
フジタくんに、ぼくがタバコ初心者だとバレたのではないか。
ぼくが、このナガシマくんの遺骨の前の神聖な場において、「なんとなくカッチョいいから仲間に入りたい」という適当なノリで仲間入りしようとしているということを察知したのではないか。

ぼくは、焦ってタバコを吸いこんだ。

「ゲホン!ゲホンゲホンゲホンゲホン!!ウェーーッホン!!」

ぼくは盛大に咳き込み、
ナガシマくんの遺灰が、宙を舞った。

仲間たちの、呆気にとられた目は、やがてぼくへの軽蔑するような眼差しに変わった。

ぼくは思った。
「タバコをちゃんと吸えるような大人に、早くなりたい」

X for men

おなかが痛くなった





さらにおまけ
「できるか俺に…。できるさ。」
http://www.youtube.com/watch?v=OlZCt2b84Wg
「俺は、俺のやり方で行く…。」
http://www.youtube.com/watch?v=JYE75__oOzQ&NR=1
「俺もまだまだ…、行くぞ。」
http://www.youtube.com/watch?v=bH6xSqffh-U
「諦めなければ、必ず道はある。必ず…。」
http://www.youtube.com/watch?v=RgayVmPSSko
とくにノーコメントですが、とにかくまとめてみました

モロッコ人クラス

モロッコいってきました。モロッコ人の特性をクラスにしてみました。

すみません、本当にファックな国民でした。日本語のレポートはまたのちほど。

//========================================= moroccan.as

package{
 import flash.display.Sprite;
 import flash.events.Event;
 
 public class moroccan extends Sprite{
  
  function moroccan(){
   addEventListener(Event.ENTER_FRAME, findJap);
  }
  
  function findJap(e:Event):void{
   var sx:int = root.mouseX;
   var sy:int = root.mouseY;
   var d:Number = Math.sqrt((x – sx) * (x – sx) + (y – sy) * (y – sy)); //Distance from the Jap
   
   if(d < 150){
    (x < sx) ? x++ : x–;
    (y < sy) ? y++ : y–;
    
    if(d <50){
     (Math.random()*2 < 1) ? say(“ジャポーン”) : (Math.random() > 0.9) ? say(“ニーハオ”) : say(“コンニチーワ”);
    }
    if(d < 10){
     robMoneyFromJap();
    }
   }
  }
 }
}
=========================================

夢のような一日だった

おとついは、世のサラリーマンのほとんどがそうであるように、大量のTODOを残して寝た。
くだらないことでもツイートして、せいせいして寝た。

で、朝起きたら300RTつけられていた。

はて、Twitterぶっこわれたかな?
また例によって寝坊したので、移動中にechofon開いたら、RTが多すぎて、iPhoneがフリーズしてしまった。

なにかがおかしい。

フリーズしたechofonを読むと、確実に前のブログの記事が発端になっているようだ。
なんだこれは。たかが午前3:00くらいの、モノローグのような記事が、こんなことになってしまうのだろうか?

否否否否否否否否、断じて否。

さいきん、アレとかコレとか、いかに世の中にWebのアイデアで振り向いてもらうか、みたいなことを考えていたので、思い詰めてしまったのではなかろうか。
つまり、まだ夢の中なのではないだろうか。
夢の中で「これは夢だ」と自覚したら、その自覚を持った瞬間に覚めてしまうので、その考えは伏せ、とりあえず、宮﨑あおいと結婚※することを想像してみた。(※強引に離婚した設定)
しかし、あおいちゃんは出てくるはずもなく、嘘を飲み込み静かに眠ってる都会の喧噪があるだけだった。

そして、出社すると、通りすがったみんながぼくに声をかけてきた。
「見たよ〜」
「なんか、ヒロキくん、話題になってない?」

……!

夢ではなかった。
時空も歪んではいなかった。

ただ、「サマーウォーズ」で、主人公が指名手配になったときのような感覚を覚えた。
うんこ指名手配。
そうこうしている間に、RTは2000を超えた。
とくに、さとなおさんはあちゅうのRTがバズを加速した。はあちゅうには一度も会ったことがないので、もう恥ずかしいから会わずに一生を終えようと思う。
あんなことこんなことになってしまった。
そして、3486RTされた。

興味深いのは、ぼくは常に「どうすれば世界に振り向いてもらえるだろう」と思ってコンテンツを考えているのだが、まったく世界に振り向いてほしくない、B級なものが、みんなにちょうどよかった、という点だ。
名著「ウェブはバカと暇人のもの」を思い出す。
もちろん「世界中に知られてもいいや」という覚悟で書いたのだが。
「ソーシャルインサイト」とは、いくら求めても得られない、目の中のミジンコピンピン現象のようなものなのだろうか。

あしたは某Twitter使いのバンド様と、某カード会社様にプレゼンがある。
両方ともTwitterを絡めた提案だ。もう100%この話になることはまちがいない。
「Twitterは、使いようによっては、ものすごいバイラル効果を生むんですよ」
「ほう、たとえば何かあなたに成功事例があるんですか」
「あ…と。あるにはあるんですが…。言えません」
……。

思えば、つくづくうんこには縁があって、カイブツ木谷さんのデザイナー募集告知に、このようなムービーを作ったこともあった。

このバチがあたったのだろうか。

とにかく、Webとか広告みたいな宙ぶらりんなものが、いかに世の中をくだらなく楽しくできるかという、「ちょいまちがった集合知」みたいなものを作りたいと思っているので、ぼくの経験が世の中の人を少しでもハッピーにできたと思えば幸いです。

また、「洗面所で全部洗い流すという発想はなかったのか」というご指摘を受けました。
大変興味深い話ですが、そのためにはまず、フルチン状態で個室から出ると、フルチン状態のまま鉄道警察に連行されてしまうことになりかねないので、先ずはトイレの水にとんでもない状態のパンツを便器に漬け込んで洗い、そのびちょびちょのパンツを履いた、魔界村のアーサー的状況@渋谷駅のトイレで、とんでもない状態のジーパンを洗い流すという、メタルギアソリッド的に言えばカモフラージュ率マイナス50000%の行為をしなければならないことも想像してほしい。
みんなの頭の上にびっくりマークである。「ウィィン!」である。

あなたにそれができますか。
あなたはこんな顔で死ねますか? (c)漫F画太郎

でも公共の利益のためにはそれがよかったのかもしれない。

そう、公共の利益。

それが一番大事。

.いや、大事MANブラザーズバンドは、もういい。

トイレがないせいで、病気で亡くなっている子供たちが、今も世界のどこかにいる。
今日も日本は平和である。
だから、そういう世界を、ちょっとでもWebの話法でよくすることが、ぼくの力でできないだろうか。
どうせ、広告はクライアント様のお金をお借りして行う行為なので、システムの力で、この世の中の苦痛を、少しでも楽しい方向に向けることはできないだろうか。
そんなことを考えている。

そういう意味で、みなさんがRTしてくれたのは、メチャクチャ嬉しいです。
こっぱずかしいが、夢のような一日でした。ありがとうございました。
いつか今日のことが、そんな楽しい方向への、小さな第一歩に結びつけばいいな。

といい感じにシメてみる

31歳にしてうんこをもらしました

その日は、巨匠マンガ家I先生の事務所で打ち合わせだった。
I先生といえば、1億冊売れたバスケマンガのI先生である。
常に打ち合わせでも緊張が走る。最高の仕事をしてあげたいと思っている。

なのに、完全に寝坊した。
したがって、起きて5分で家を出た。
まずここがいけなかった。
ぼくは、起きてすぐに腹を冷やすと、だいたいおなかがくだるのだ。

I先生の事務所は、世田谷方面。ぼくの家は、東雲である。
間に合うか間に合わないかは、渋谷駅でのスムーズな乗り換えにかかっていた。

ところが、表参道駅で、急速に来た。やつが来た。
強烈な腹痛である。

しかも、まちがいなくこれは、うんこに起因する腹痛だ。

渋谷駅につくころには、ぼくはもうラマーズ法で息をしていた。
ひーひーふー、である。
もしくは、虫の息と言ってもよかった。
腹痛というものは、「波」がある。
波は、来るたびに勢いを増す。そのときはとにかくこらえる。で、ひいたときに素早く行動するのがコツだ。

半蔵門線の連絡通路は、予想GUYにトイレが近かった。
やった!間に合う!

しかし、みなさんもご存じであろうが、たいていこういう時、
人は無意識に、「トイレにつくであろうギリギリのタイミングに、自分のお腹の限界をセット」してしまうのだ。

しかし、トイレは4つとも使用中だった。予想GUYだった。
カイジのごとく「ぐにゃあ」と視界が歪んだ。
限界だと思っていたお腹は、「約束違うだろコラ!」とぼくを責め立てた。
とりあえず、すべてのドアをノックしてまわった。返事があったかどうかも覚えていない。
お腹はぼくの尻をノックし、ぼくはトイレのドアをノックし、同時にヘブンズドアもノックしはじめていた。
YELOW MONKEYの「SPARK」が脳内を駆け抜けた。
Are you ready for SPARK?

もちろん、I’m ready for SPARKである。Yes I canである。

新しい何かが俺の中で目覚める世界は回る
命は生まれ いずれ消え

あっ

ああっ

あああああッーー!!

で。
もう形容したくもないが、パンツどころか、ジーパンまで逝ってしまった。
紙で拭けるぶんは紙で拭いた。
そして、打ち合わせの時間になったが、ぼくはまだトイレの中で拭き作業をしていた。

どうしよう。
どどどうしよう。

まず、I先生の事務所に行くべきだろうか?
そんなわけないだろう。
アホかオレは。まともな打ち合わせができるか。
今のぼくには、I先生の新聞広告より、大事なものがある。
それは、人間の尊厳だ。というか、うんこを漏らしていない状態だ。それが一番大事だ。
大事MANブラザーズバンドは嘘つきだ、とぼくは思った。
負けない事投げ出さない事逃げ出さない事信じ抜く事。
どれよりも、「うんこを漏らしてないこと」のほうが大事だ。
今のぼくは、投げ出して逃げ出すことのほうが大事なのである。
こんなことならブルーハーツなんて好きになるんじゃなかった。
よし、今日は断念しよう。
さあ、ドアを開けて、ここを出よう。

ちょっとまて。

というか、ここは渋谷駅である。
歯車が回り続ける街、渋谷である。
駅前のスクランブル交差点には、一回の青の信号に1000人くらい往来しちゃう、あの渋谷である。
いやだ。ここから出たくない。
いま渋谷で、うんこを漏らしている人が何人いるだろうか。ぼくしかいない。
人はなぜ、みんなうんこをするのに、ぼくだけがうんこをもらしているのだろうか。哲学的な問いである。

ユニクロにジーパンを買いにいくか。いや、レジに行けない。レジに行ったら、
「くさっ!……ははあ、こいつはうんこを漏らして、替えのジーパンを買いにきたな」とモロバレである。
というか、もはやジーパンだけを変えればすむレベルではない。

タクシーに乗って帰るか。
悪くない。悪くないが、運転手さんも、本日の商売あがったりだ。
都会は冷たい。「うんこ漏らしてるんですけど乗っていいですか」などと言ったら、乗車拒否されるかもしれない。
というか、人とコミュニケーションをとりたくない。
誰にも会いたくないの。いま。

電車に乗って帰るか。
半蔵門線渋谷駅って、ありえない人数である。同じ車両に乗っている人みんなに迷惑がかかる。
そんなのいやだ。そんな迷惑かけるくらいなら、死んだほうがいい。

死ぬか。

いまや、それがベストな選択肢のように思えた。

しかし、それで死んだら、ぼくの人生なんなのだ。愛する人の顔、みんなの笑顔が浮かんだ。
ぼくのWikipediaは存在しないが、もし死後作られたら、
「テクニカルディレクターと称して、インターネットで面白いバナーやWebサイトを作ったりしたが、
 渋谷駅でうんこをもらして、舌を噛み切って死んだ」
で結ばれてしまう。葬式もみんな、半笑いである。
まあ、それはけっこういいかもしれない。
リーンカーネーションってあるんだろうか。次に生まれてくるときは、虫かなあ。

結局、電車で帰ることにした。
戦略はひとつ。外界との遮断を一切断つことだ。イヤホンをつけて、ずっとiPhoneをいじっていよう。Twitterでも呑気に見ていればいいではないか。

時間を見ると、打ち合わせの時間を8分過ぎていた。
とりあえず、プロデューサーの石橋さんに電話をした。
石橋さんは優しく、「ちょっと遅れているので、まだ間に合いますよ」と切り出してくれた。
どうしよう。家族が死んだことにしようか。いや、ウソはウソの上塗りをつくるだけだ。
ここは正直に行くのが一番いいのではないか。
「いや、すみません、実は行けなくなっちゃったんです」
「え、どうしたんですか、大丈夫ですか」
「いま渋谷駅なんですけど、うんこもらしちゃったんです」
「……え?」
石橋さんが硬直した。ように思えた。
すぐにカイブツ木谷さんが電話を替わった。
「もしもし?ヒロキくん?うんこもらしたの?ぎゃあっはっはっはっは!」

……。

とにかく電話を切った。
スタッフはやさしい。大丈夫だ。案は固まっていたし、きっと打ち合わせはうまくいくだろう。
固まってなかったのは、うんこだけだ。

もう帰ろう。立ち止まってるとうんこ臭いし。

こんなときに限って、改札でクライアントを見かけた。TOTOさんだった。
一緒に、「しゃ
べるトイレ」を開発した、あのTOTOさんだ。
TOTOさん、次は移動式便器を開発しましょうね。
そう思いながら、とにかく気づかれないように行動した。
ソリッドスネークばりに周囲に溶け込み、その場を脱した。

電車の中では、下を向いて、とにかくiPhoneをいじり続けた。
いくつかツイートもした。
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人間、たいしたことではないのに、つぶやけないことってあるんだな 4/7 午後 12:44 Echofonから

誰もいない世界にいきたい 4/7 午後 12:48 Echofonから
 
いま私がいる、永田町駅のすべての人に謝りたい 4/7 午後 12:49 Echofonから

そんな気持ちを贈りたい 4/7 午後 12:50 Echofonから

もし、この戦いが終わっても生きていいって言われたら小さな鏡を一つ買って微笑む練習をしてみよう 4/7 午後 1:03 Echofonから

もし、誰も傷つけずに生きていいと言われたら、風にそよぐ髪を束ね、大きな一歩を踏みしめて、胸を張って会いに行こう     4/7 午後 1:06  Echofonから
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ツイッター見すぎて、普通に乗り過ごして新木場まで行ってしまったりして、やはり死のうかと思った。

で、家に戻った。あとはもう、ジーパンのままフロに行き、EDWINのCMばりに、「ゴーマルッサァァァン」と鼻歌混じりにわっさわっさとすべてを洗い流した。
「中村洋基2」とすら言えるくらい、ぴかぴかになった。

I先生、スタッフのみなさん、すみませんでした。

追記:同僚から「ラマーズ法やったら脱糞が促進されるだろ」と言われました。

わきの下に粉瘤

右腋の下に、しこりがあった。すわ乳ガンか、と思い、健康診断のときに医師に聞いたが

「これは大丈夫ですよ」としか言わない。

3ヶ月して、でっかくなった。

そしてある日、突然激痛がやってきた。

 

「いってー!!!」

これは本当に痛い。いや、大人は真顔で生活できるのだが、真顔の中でいちばん痛い。

つねにケガをしつづけているような痛さだ。ずっと「いってー!!!」なわけである。

そして、小さな穴から膿が絶え間なく、ちょびっとずつ、出つづけている。

これが本当に臭い。

「自分から出ている」と考えると、あまり形容したくないのだが、チーズを腐らせて、レンジでチンしたあと血の臭いを足したような臭さだ。乾坤一滴で、もうすんごい臭い。

知り合いにはたびたび「中村くんって無臭だよね」「中村くんって無臭だよね」「中村くんって無臭だよね」と言われている、このぼくがこんなくっさいものを産み出すとは。

 

さて、ワキの下に限らず、なんかしこりができちゃったり痛くなっちゃった人のために、まとめておく。

医者に行くと、「粉瘤」とは言われない。一般的にはわからないから、怪訝になってしまうのだ。

●膿を出そう
で、これは膿を出せば、痛さはほとんどなくなる。(らしい。まだ痛いし、穴が小さいのでよくわからない)

ネットには「針を熱して刺しちゃう」とか「爪楊枝刺しちゃう」という意見もあるが、それをやるのは剛の者であろう。ぼくはためしに、ワキに針をあてがって力を入れてみたが、無理だった。超痛かった。

●薬を使おう
次に、薬を使うことで、ある程度膿を逃がせる。というか、結局逃がさないで手術で切り開く、ということはできないらしい。
したがって、結局病院で膿を出されることになって、これはさらなる激痛をともなう。
とにかく、何らかのカタチで、北関東のパキスタン人のごとく集中して住み着いた膿を出すことからはじめなければならないのだ。

で、薬に行く。病院(外科・形成外科・内科)では、たいてい2種類の抗生剤を出される。
残念ながら、ぼくは2日飲んで、貼って、ぜーんぜん効いてない。しかし「抗生剤は3日目から」とは、かの死海文書にも記されている勇名な言葉であろう。信じて飲み続けてみよう(そうしている)

もうひとつ有名なのは「たこの吸出し」という、あのちびまる子ちゃんの粉瘤をも解決した、大正時代から作られている秘伝のクスリが市販されている。
ちなみに、このことが転じて、ちびまる子ちゃんの次の時間に放映されている、サザエさんが「海ほたる」のイメージキャラクターになり、サザエさんを見てサンデーブルーになることとの関連性が示唆されている。
「たこの吸出し」は硫酸銅などで皮膚をやわらかくする、つーか溶かして、皮膚に穴をできやすくしようという作用らしい。
健常の時に聞くと「なんか身体に悪そう」とか思うが、実際ぼくと同じ症状になってごらんなさい。欲しいと思うから。

●手術しよう
粉瘤が小さくなってきても、しこりが残ると、膿がたまりやすくなり、再発の可能性が高い。
手術をすすめているサイトが多い。
粉瘤のもとになっている袋そのものをとりのぞく手術だ。
約30分で終わり、手術費用は1万5千円。再発防止になったり、悪性腫瘍に転化する確率を低くすることから考えると、安いものである。
ぼくは、一週間後、膿が治まったら、手術を願い出ようと思う。

そしたら、またレポします。
何より、痛すぎて眠れん。