鼻中隔湾曲症とは、その名のとおり、
鼻が曲がって鼻呼吸に悪影響を与えている状態のこと。
実は、「鼻が曲がっている人」は日本人の9割だという。
「鼻中隔湾曲症 手術」でググってみると、ここ数年のブログ投稿がとみに多い。
術例が急上昇しているということがうかがえる。
ここには、どうやらカラクリがあるようだ。
だいたい、ひと手術あたり、全身麻酔+1週間入院で、30万前後かかる。
以前は、手術をしたその日に入院せず帰宅したり、全身麻酔をせず部分麻酔で手術、というハードボイルドなやり方もあったらしいが、絶対死ぬので「全身麻酔&術後一週間入院」が「アラ、これならいい感じ」と確立されてきた。これならクレームも少なく術後いい感じで送り出せるだろうと。
これで、晴れて日本人の9割ターゲットの、ビッグビジネスやー!!
という医療関係者の思いが、背景にあるのではなかろうか。
【入院 1日目】
うすら笑いを浮かべている。
余裕である。
それもそのはず、入院初日は、メシを食べて寝てればOK。
手術について、説明を受ける。
全身麻酔は20万人に1人、死亡例が出ますけど当院ではまだ1人もいません、とか、手術後まれに、鼻の骨の左右のついたてが欠損し、鼻がストンと落っこちてしまう(こわい)ことがあるけど、まあ大丈夫、などと「万が一」の話をされる。
このへんも「まあ、ないけどね」前提なので、余裕しゃくしゃく。
ぼくが入院したのは、目黒の共済病院なのだが、
どうも、ひとつひとつの事例を聞くに、「慈恵医大のやり方で~」「慈恵医大でつちかった知見があるから~」などと話が出るので、どうやら鼻中隔湾曲症のパイオニアは、新橋の慈恵医大病院なのだろう。
ひとつ、カルチャーショックを受けたことがある。
入院初夜、看護婦さんがこう告げた。
「手術前日、眠れなかったら、眠剤出しますので言ってくださいね」
えっ?
いや、ぼく、まだ全身健康体なんですが。
いいの?睡眠薬なんてもらっていいの?
……そう。
いったん入院すると、どんな健康であろうが、眠剤無法地帯なのだった。
中村の調べによると、中島らも先生時代の、アルコールと一緒に服用して人生のメリーゴーランドにタリラリランと誘われる、「あの」眠剤のイメージはそこにはない。
もっとカジュアルなものになっていたのだ眠剤は。
非ベンゾジアゼピン系の、「ゆるい効きで副作用が少なく、さっくりと睡眠に誘われる」薬の開発が進んだ結果、平和な眠剤や痛み止めは、カジュアルに「ください」というだけで、コンスタントにもらえちゃうのです。
中島らもの睡眠薬倒錯型自伝的エッセイを、栃木県の片田舎で数多く読んで煩悶してきたぼくは、まったく体調が良好なのにもかかわらず、一も二もなくナースコールをして「ちょっと眠れないんす」と述べて、アモパンを処方してもらった。
タリラリランもなく、たおやかに眠りについた。
ちょっと残念。
【入院 2日目】
手術である。
ぼくは、朝いちばん、9時の回。
鼻中隔湾曲症の手術は、いまは全身麻酔がメジャーである。
なぜなら、鼻中隔湾曲症、および粘膜・鼻茸の切除術は、まずトンカチとノミで、カンカンと左右の鼻の骨を削り、そのあとスパナ状のもので粘膜をもぎとるらしい。そんな阿鼻叫喚のさまを、直視しなければならない部分麻酔では、やはり無理があるようだ。
(※最近は内視鏡を使い、もうちょい近代的になっているようです)
いっぽう、ぼくは全身麻酔にあたり、またしても淫靡な期待をしていた。
友人のアートディレクター、それもふたりから、「全身麻酔はどうやら気持ちイイ」という前情報を受けていたからだ。
このふたりから。
汎用人型決戦兵器・クラタスのプロデューサー カイブツ 木谷友亮氏
両者とも、右脳だけで生きているような、どうしようもない快楽主義者だ。
このふたりの「ちょっと気持ちいい」はまちがいない。チョー気持ちいい可能性がある。
とくに、ミナさんから「全麻、ちょっと気持ちいいですよ」とメッセージが来たときは、
ちょっと勃起した。
ぼくは、薬効フェチなのだ。
手術室に入った。
共済病院の手術室は、ドラマさながらの清潔でサイバーな趣だ。
左腕に、点滴の針が刺される。
「では始めます。麻酔が入るとき、はじめ腕がピリッとしますよ」
ピリッ。
「あ、ほんとだ、いまピリッとしま」
手術終了。
お、終わっとるー!!!!
気持ちいいどころじゃねー!!!
気持ちよさも感じる間もなく、速攻で闇に叩きこまれた。なんだこりゃすげー!!
余談だが、この全身麻酔チオペンタールは、アメリカでは死刑などにも使われるらしい。
さらに、マフィアの自白剤にも使われるというワクドキの薬だ。
この全麻で死刑になるなら、正直、ぼくにもイケるかもしれない。
それほどにすごい効きだった。
「中村さん、中村さん、おはようございます!」
「うーん……あ、おはようございましゅ……」
意識が戻った。
「手術、全部ぶじ終わりましたよ」
「あ、そうで……」
痛痛痛た痛痛た痛た痛痛痛痛痛痛た痛痛痛痛痛痛痛痛た痛痛痛痛痛痛痛たたたた痛痛痛た痛痛た痛た痛痛痛痛痛痛い!!!!!!!!!
メチャクチャ鼻が痛い!!!!
「痛い」が、意識と二人三脚で、向こうから超絶ダッシュで押し寄せてくる。こんな感じで。
(※BGM)
この痛みは、例えると、真っ赤に熱された火箸で鼻フックされてるような……
千枚通しで鼻を貫通されているような……
……いや、これはまるで、
鼻の骨をノミとトンカチでトントンやられたあと、鼻の奥の肉をスパナでブチッと取られたような痛みだ!
もはや虫の息。
涙が止まらない。
鼻呼吸は当然できない。いや、その鼻じたいが、ごっそりもってかれたような痛みだ。
急ぎ、カンチョー型の強力な痛み止めを注入してもらったが、ぜーんぜん効かない。
「す、すみません、最強の痛み止めください!痛すぎます!!」
ナースは、やれやれまたか、という落ち着き払った顔。
しばらくして、ナースが新たな点滴薬を持ってきてくれた。
すかさず薬名をチェックする。
「ソセゴン」
なんだかすごそうである。「ゴン」が効きそうだ。
なんでもいいから、すぐそれを打ってください!!
こちらは、STOP THE TIME & SHOUT IT OUTなガマンできない状態なのだ。
……いや、しかし、ここで冷静にならねば。
よもや、このソセゴンという薬は、生理食塩水みたいなプラシーボ薬ではあるまいか?だとしたら、いちどこれをまた点滴されはじめたら「もっと強いの」を懇願することは難しくなる。それは全力で非難します、断固非難します、とテロに対する安倍総理の姿勢ばりの勢いで(どうでもいいが、「断固非難します」って、「超豪腕でふりかぶってすごい勢いでナデナデします」みたいな接頭辞は力強くてやることは小さい、という政治的言語ですよね)、朦朧としつつも懐のスマホから「ソセゴン」をググる。
朦朧としていても、こういうことは欠かさずやるのが薬効フェチである。
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【ソセゴン】中枢神経にはたらきかけて、麻薬(まやく)に準ずる強力な鎮痛作用を発揮する薬です。
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マーベラス!!!!!!!!
こ、これだァーッ!!!
すぐ入れてくださいッ!!
「はいはい」
チューーーーーー
ガクッ
(※BGM)
つづく。